今建築が目指す未来とは

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「まずはお2人が出会って、ASJが出来上がっていった頃のお話から聞かせてください」
丸山
「知り合ったのは17年くらい前です。30代の頃ですね」
井内
「そうそう、2人とも若かった」
丸山
「ある日一緒にタクシーに乗ってて、建築家ってビジネスになるのかな、という話になったんです。世の中に建築家は大勢いるけど、一般の人はほとんど知らない。即座に5人名前を挙げられる人がいたら、すごいって言われますよね。でも、その建築家が建てた家に住んだとしたら、ちょっと自慢でしょ?セキスイに住んでます、ダイワに住んでますというのとはまた違う、ブランド感があるじゃないですか。お、いいじゃない。建築家というブランドにはマーケティングの可能性があるよ、ということになり、立ち上げたのが『夢建人』(ゆめたつじん)という事業体でした」
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「ASJの前身ですね」
丸山
「そうそう。でもこれが見事に失敗しまして。簡単に言うと金が続かなくなっちゃった」(笑)
井内
「使いすぎちゃった」(笑)
丸山
「それでも、やろうとしていることには可能性が感じられたし、マーケットもできかけていました。問題はどうすればうまく行くか。前例のないことですから、なかなか答えが見つからずにもがきましたねえ。ちょうどその頃、井内先生がアトリエSORAのアジトを中崎町(※2)につくって、そこで『次なる未来はあるのか』をテーマに、毎晩のように語り合っていました」
井内
「あの時期があったから体力をつけることができたと思うよ。先は見えないけど充実してた。今考えると一番楽しい時期だったかもしれないね」
丸山
「2002年にASJを設立し、それからは井内先生が思想的な部分を引っ張り、私はそれを現実のものにしていくという役割分担で、ここまで進んできたわけです」
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※1 ASJ
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※2 中崎町
大阪の中心に位置するにも関わらず、戦災を免れたせいで「昭和」が色濃く残る。近年、梅田の再開発の影響を受けて商業ビルが建ち始める一方、古い町並みを生かしたカフェや雑貨屋など若者達が経営する店も多く見られる。